はぬか2おき
この記事は,つくりおき.il Advent Calendar 2016 の最終日の記事です。
しかしそもそも Advent calendar というのは背教者たちの妄想に基づくものです。
したがって,つくりおき.il Hanukkah Calendar はまだまだ続きます。
そしてこの記事は,つくりおき宣言へのアンサーソングでもあります。
本当は記事タイトルを Re: つくりおき宣言 とかしようとおもったのですが,つくりおき宣言よりもはぬか2のほうが大事だったのでこのようになりました。
それでは今日のつくりおきです。今日は falafel bapita を買って食べました。
なぜかというと,今日はテルアビブで研究会だったからです。体調があまり良くなかったので午前中は休みましたが,研究発表があったのでテルアビブ大学まで出かけました。
これは出かける途中で見かけた石油精製所?の火事のようすです。
つくりおき宣言において,下林は インターネットを取り戻す と高らかに叫びました。
私はある日気づきました。それは、そうしたインターネットにおいて独身男性のつくりおきレシピを見つけることが非常に困難だということです。俺はダシなんか取りたくないし、なんなら包丁も使いたくねえ。世の中にはそんな独身男性がたくさんいるはずなのに、クックパッドの良く分からないレシピが出てくるばかりで何の救いも得られない。利用者人口は増え続けているのにかえってインターネットの多様性が失われていることに、非常な危機感を覚えました。
しかし,失われたのはインターネットだけではありませんでした。
「料理」それ自体が,独身男性から失われていたのです。
生活とは,本質的には料理と洗濯の 2 つから構成されます。ところが,僕は日本においては料理をほとんどしませんでした。なぜならそこには資本主義があったからです。資本家によって酷使される労働者が安価な牛丼を供給する社会では,独身男性には料理は必要ないのです。
比較優位に基づく資本主義社会において,独身男性は忙しい。飲み会,デート,遊び,そして仕事。そして生活をする時間は失われる。
もちろん,料理をしたくなる時もあります。しかし,ではどうやって料理を始めたらよいのでしょう? 下林が述べたように,インターネットからは独身男性の料理は失われています。Cookpad を見ても,なにやらオシャレな料理が並ぶ,並びすぎてどれをつくったらよいのかわからない。料理の本を読んでも,なんとなく僕らの料理ではないような気がする。
我々には,もっと本質的な考え方が必要なのです。
肉を焼けばうまい。卵をやけばうまい。それを組み合わせればいいじゃないか。
多少赤くても死にはしない。なぜなら独身男性だから。
多少焦げても気にはしない。なぜなら独身男性だから。
そうして肉を焼き続けると,人間は,野菜も焼けばおいしくなるのだということに気づく。そうしたら野菜を焼こう。
そして独身男性は必ずメイラード反応へと至る。なぜなら独身男性はだいたい理系だから。文系男子は彼女につくってもらってるから。
すなわち,加熱して茶色くするとうまい,ということを学ぶ。ありとあらゆるものは加熱することによって茶色くできるということを学ぶ。
これが料理の本質である。構造主義の第一歩である。
そうしたらキノコを焼こう。キノコは既に茶色いが,焼くとさらに茶色くなる。したがってメイラード反応であり,だから間違いなくうまい。
そして最後にスパイスだ。なぜなら独身男性だから。独身男性は各種スパイスをそろえているものである。
ちなみに当時は5種類だったけれども今では12種類ぐらいある。なぜなら独身男性だから。
そして,カレーは完成している。
肉を焼き,スパイスをかけたら,それはカレーである。
おしゃれなつくりおきなど必要ない。小分けのタッパに入った冷蔵つくりおきおかずなんて,独身男性には不要である。同棲するようになってから学べば間に合うだろう。独身男性は有能なのだから。
そもそも,独身男性にはおかずのつくりおきなどできない。なぜなら作った分すべてを食べてしまうから。
だから,つくって,おこう。食べきれない量を作り,そのまま冷蔵庫に入れよう。
明日も明後日も,それを食べ続けよう。そうすることで疲れて帰ってきた日もすぐに夕ご飯が食べられる。
飽きたらチーズをかけて焼こう。あるいはトマト味にしよう。そしたらたいていなんとかなる。
一汁三菜なんて忘れよう。汁物なんて要らない。おかずはごはんであり,ごはんはおかずである。この世界すべてはごはんであり,そして全てはひとつになる。
洗いものも減らそう。
とにかく 1 皿に全てを載せよう。独身男性には小皿なんて必要ない。
いや,餃子の時は必要かもしれない。
フライパンから直で食べよう。
フライパンごと冷蔵庫に入れよう。そしたらフライパンについたウマイウマイ成分も一緒に再利用できるかもしれない。
カレーの上にご飯をかけてもいい。それで洗い物が減らせるなら。
エコロジカルに,エコノミカルに生きよう。
独身男性よ,カレーを作ろう。カレーの構造に全てを帰着させよう。
肉を焼こう。鶏肉を,豚肉を,牛肉を焼こう。
そして,スパイスを,カレー粉を,醤油を,中濃ソースをかけよう。
そして,ご飯に,パンに,パスタに,うどんに載せよう。
そしてすべてはカレーになる。
我々はカレーから来て,我々はカレーであり,そして我々はカレーへと向かうのだ。
このカレーは,どこでも作ることができる。
豚肉が手に入らない*1なら鶏肉を使おう。ベジタリアンならキノコ*2を使おう。キノコが品切れの時は魚を使おう。魚が冷凍のしか売ってなかったら*3エビを使おう。エビが宗教上違法*4だったら,そのときは野菜*5を使えばいい。
何でも焼けばうまくなる。なぜならメイラード反応だから。
カレー粉がない国もある*6。スパイスを買おう。スパイスが無いなら醤油*7をかけよう。醤油がないならコショウでもいい*8。ウスターソース*9でもいい。胡麻ペースト*10でもいい。とにかくなにかをかけよう。
そして,炭水化物にかけよう。
来年もよいつくりおきを。
といいたいところですがそもそもイスラエルの新年は3ヶ月ぐらい前に始まっているのと,そもそもいまハヌカの真っ最中なので,年末感はまったくありません。
ということで明日もつくっておいていきましょう。
はぬか1おき
ばるっはたーあどなーぃえろえいぬーめれっはおらーむ、、、
ちなみに昼ごはんと夕ごはんは昨日のカレーでした。
スフガニヤ大戦争おき
この記事は,つくりおき.il Advent Calencar の第23日目の記事です。
このカレンダーも残すところついに 3 日。つまり,ハヌカはもうすぐそこです。
ハヌカというのはイスラエルのお祭りのひとつで,油が長持ちしたことを祝うお祭りです。なので脂っこいものを食べます。したがってスフガニヤ大戦争です。
脂っこいモノと言えばなんでしょうか?そう,ドーナツですね。スフガニヤはドーナツの概念です。そのほかにもポテトチップスやフライドポテトを食べたりもします。
ハヌカは明日24日の夜から始まります。したがって明日の夜からスフガニヤを食べ続けなければなりません。
これは今日の夕ご飯のカレーです。残り物の野菜を全部処理しました。
ところが明日は安息日なので,スフガニヤは買えません。従って,金曜日であるところの今日買わなければなりません。
国中の人たちが,世界中の人たちが,スフガニヤを買いに走ります。これは戦争です。
しかし安心してください。スフガニヤは至る所で無限に売られており,こちらが様子です。
黒いケースは空箱です。これだけのスフガニヤが既に売れたわけです。
パン屋もケーキ屋もカフェも町の子供達もみんなスフガニヤを売っています。
これはきょうのランチのשקשוקהです。
6個買いました。いいですね。
ところが、明日からハヌカであるにもかかわらず,既に今日 4 つ食べてしまいました。まあ明日2個食べればいいでしょう。
それではよいハヌカを。
カレーおき
ではカレーをやっていきましょう。
今日こそ,構造主義の観点からカレーについて考えていきます。
こちらは鶏肉と,シュエしたタマネギです。
シュエしたタマネギそろそろ使い切らないとナァと思っています。
鶏肉は加熱*1すると旨くなるので,F1 ですね。そこに熱を加えている様子です。
そこにバーンバーンバーンってやります。オイスターソース,中国の辛いやつ,コショウ,が投入されています。
中国の辛いやつもコショウも,どちらも,適切に定義された人間に対して「鼻(F2)=香ばしい」を満たすので,F2 であることがわかります。
したがってこの段階で,カレー構造の中枢である H(F1×F2) ができていることがわかります。あとは腹にたまるもの F3 を準備するだけなのですが,準備するのをすっかり忘れていたのでそこには戦場がありました。
フライパンとグリルでバキバキにやった茄子を左に入れつつ,右の鍋にとりあえず麺的なものをぶち込みます。お湯は奥のケトルで湧かしている途中なので麺的なやつは一部焦げ始めています。これが戦です。
ちなみに茄子は少し萎びていましたがフライパンとグリルでとにかくやれば遜色ない感じになって便利なのでみなさんもやりをやっていきましょう。
そして草です。
以上を組み合わせて,
何らかのものが出来ました。草と麺と肉的なものです。最後に香り付けのためにごま油をかけています。
実は先日の TTM
と類似の料理ですが,この料理にはカレー構造を入れることができるため,この料理はカレーを為していることがわかります。
明日はこのカレーをさらに展開していきます。
脱構築カレーおき
ではカレーをやっていきましょう。
と言いたいところですが,冷蔵庫にはまだ先日作ったカレー
tsukurioki-il.hatenablog.comのつくりおきがあります。したがって今日の夕ご飯はそのつくりおきをレンジでチンしてご飯と一緒に食べるという行いです。ところがそれはすでに日曜日にも行われており,既にここでもとりあげています:
tsukurioki-il.hatenablog.comということは,このままでは日曜日のこの記事と全く同じになってしまいます。
それはブログ的にはあまりよくありません。
というわけで日曜日と同じことを,再びやっていきましょう。
これはカレーですが,チーズがかけられています。
近代西欧における形而上学は実存主義の伝統に立脚していたため,二項対立の前提の中で優劣あるいは止揚を試みるという階層的構造が存在しました。したがって,構造を転覆させることそれ自体のみでは既存の構造を分解するにとどまり,二項に取り込むことをされなかったもの,すなわち敷延に対するまなざしは失われてしまいます。
ここに二項対立という構造自体を棄却する必要が生じます。ところが,実存の範疇からの脱却を目的とした思惟の要請として,棄却それ自体も要素に基づかない形で行われなければなりません。すなわち構造自体が自発的に自身を分解することが求められているのです。その様子がこちらです。
すなわち構造自体に自己触媒作用を見出す行為それ自体の構造に着目する必要があるのです。しかしその必要性自体もやはり階層の秩序という表象の中で現象しているのであり,敷延は未だに視点から逃れてしまっています。
これは米を茹でる様子を示していますが,依然として米と水の二項対立の範疇に取り込まれてしまっています。それは食塩を入れることによってすら解消されません。事象の表層において階層が存在するというのは実存主義の形而下的限界であり,つまり古典物理学に基づいて器としての物質を理解しようとする行為の束縛される文脈なのです。
我々はもはや形而上の概念を取り込む必要に迫られ,つまり米を茹でる様子自体に内在されている形相因や目的因といった形而上的な価値を取り扱う行為を,思推している人間の精神に獲得する段階に来ています。
以上のように,実存主義からの脱却を試みて構成された構造主義それ自体も,要素を排除した先にある構造それすらをも要素と見なすことによって実存主義に回収されてしまうという危機に直面してしまっています。すなわち構造主義自体が構造主義を内部から棄却しています。思想のこのようなアポトーシス作用を「脱構築」として構造化したのがデリダあるいはハイデガーの思想ですが,その思想自体もやはり構造に基づいており,従って構造主義の回収と同様に実存主義,ひいては形而下の議論へと回収されてしまいます。
構造主義の立場からは,カレーは F3 × H(F1 + F2) であり,すなわちご飯とカレーと対立関係においてはご飯にカレーをかけることによってのみカレーは現象しえます。ここでカレーとご飯には明示的な階層関係が存在します。ところが脱構築の視座は,このような古典的階層関係が自律的に解体されることを要求しているのです。そのためにはまずご飯をカレーにかける,という行為が必要になります。
ところが,そのような行為の範疇においてもカレーとご飯の間には明示的な階層関係が存在してしまっており,構造は解消されません。カレー構造がカレー構造自体を自律的に解体するためには,カレーは形而上的にはカレーであるというまなざしを獲得し,そのまなざしがまなざし自体を解体する,といった,ありかたの連続的な問い,すなわち「やっていき」の精神が必要とされているのです。
より深く学ぶための参考文献
構造主義カレー展開おき
ではカレーをやっていきましょう。
と言いたいところですが,今日は海外からのお客様と夕ご飯に行っていたのでノーつくりおきです。したがって過去のカレーを掲載します。
これはナンですか?
玉ねぎが切られています。
@hitode909 玉ねぎやめると速いです、長ねぎとか生姜とかレタスとかで代用できます
— 快適な生活 (@Kaiteki) 2016年12月19日
というような知見もありますが,タマネギは安くてうまいのでやっていきましょう。
(というかあらかじめ大量にシュエしときゃいいんじゃないの。。。。)
ここで,タマネギは安くてうまいので, F1 です。そこで F2 を入れます。
ショウガ,ニンニク,あとなんか日本でインドカレー食べたあとに出てくる謎の甘い草,などを入れています。F2 ですね。
あとは加熱すれば構造主義的カレーができます。
が,ここでさらに F1 をババーンと追加投入します。
冷凍していた鶏ひき肉です。
トマトペーストと何らかの野菜です。
おっ?
これはつくりおきですね???????????
しかし今日はここから展開します。
フライパンに作られたカレー構造 H(F1+F2) の 2/3 をつくりおきとして取り出し,
取り出したところに F3 としての「茹でたインディカ米」を入れます。様子です。
これ完全に戦場で,なぜかというと右では 3 食分の米を茹でつつそのうち 1 食分を少し早めに水揚げ(?)して左に投入して左を勢いよくかき混ぜると同時に右側から米を取り出してラップに包んで冷凍するという戦いが繰り広げられているからです。
茹でたインディカ米は明らかに腹にたまるもの F3 ですので,それを H(F1 + F2) と混ぜて炒めた F3 × H(F1 + F2) は当然にカレーです。
実際の様子を見てみると,
どこからどうみてもカレーですので,カレーが置かれました。
今日いつもにまして雑なのはさっきまでスーパーマリオランのスペシャルステージ3を頑張っていたからです。まだクリアできていません。。。。。